日本を訪れた海外の方と話すと、いかに日本の文化や伝統工芸について無知か思い知らされることがある。たとえば大文字で「JAPAN」と書けば日本の国だが、小文字で「japan」は「漆器」のこと。ピアノが黒いのは、日本でピアノを作り始めたころ、欧米で主流の木目が見える塗装では、強い湿気に耐えられないため漆が塗られたからだという。後に、海外がその美しさと演奏者を引き立てる効果を高く評価し、「ピアノ=黒」がスタンダードになったという説もある。左様に、我々は日本文化に対して無知だ。
先日発表されたショパール L.U.Cの限定エディションに対峙したとき、私はそれを改めて感じた。原点はショパール共同社長カール-フリードリッヒ・ショイフレ氏の日本文化や精神性への深い尊敬と洞察だ。ショイフレ氏は40年以上にわたり、定期的に日本を訪れ日本の伝統工芸品に触れたことから、日常の品々を芸術の域にまで高める日本の文化や精神性に魅了されたという。
たとえば「L.U.C クアトロ スピリット」の3作は、日本文化の象徴に基づき、ショイフレ氏が選んだモチーフを採用。そのひとつ“サムライ ラスト スタンド”は、高温焼成した漆黒のグラン フー エナメルの背景にゴールドで破れ扇を描く。「破れ扇」とは、たとえ破れても中心の要が決してはずれないことから、傷を負いながらも戦い続ける武士の決意を表現し、逆境に立ち向かう不撓不屈の精神を象徴する。この3作に搭載されるのは、ショパール・マニュファクチュールが開発した手巻きジャンピングアワーキャリバーL.U.C 98.06-L。一般にジャンピングアワー機構は時表示ディスクを瞬時に回転させるため、多くのエネルギーを要するが、4つの香箱を直列に積み重ねた独自のクアトロテクノロジーにより、約8日間の長いパワーリザーブを確保。しかもジャンピングアワーゆえ分針だけが文字盤上で稼働し、広いキャンバスを提供する構成も秀逸だ。
このような日本の精神性の象徴が日本刀である。「L.U.C XP 日本刀」は、刀鍛冶の伝統技術へのオマージュであり、文字盤は日本刀に使用される「玉鋼(たまはがね)」から生まれた「刃紋」に着想し、異なる金属を重ねて鍛えたダマスカス鋼を用いた。これはヌーシャテルのコルセル鍛冶工房にて数十年かけて日本の鍛造技術を習得した職人が手掛け、120〜160層の鋼板を重ねて研ぐことで「刃紋」や炎の揺らめきを思わせる模様が浮かび上がる。だが、ショイフレ氏の日本文化への深い洞察は、武士道だけにとどまらない。その証明が「L.U.C XP サクラ バイ ナイト」。これは1774年に創作された歌舞伎の演目「二人椀久(ににんわんきゅう)」で、遊女松山太夫がまとう着物に着想し、はかなき美の象徴である夜桜を愛でる日本の情景へオマージュを捧げた。背景に繊細なギヨシェ装飾を施し半透明のラッカーをコーティング。そこに彫刻を施した立体的なマザー・オブ・パールの桜と、ゴールドの透かし彫りによる桜をちりばめ、花芯にダイヤモンドをセットすることで立体感と奥行き感を演出するという構成だ。